高齢者と暮らしていた犬たちは、“家族”として、愛情を注がれて暮らして来た子も多くいます。

しかし、家族であればあるほど、「離れられない」という気持ちが強く、譲渡をためらうケースもあります。

想いとしては理解できますが、物言わぬ犬たちは、飼い主の行動次第で、その後の人生が大きく変わってしまうこともあります。

特にひとり暮らしの高齢者は、一緒に暮らす動物だけが“家族”という人も少なくありません。

そんな中、飼い主に“万が一”のことが起きた場合、取り残された動物たちはどうなるでしょう?

飼い主が緊急入院。残されたのは…

パピヨンのリヴは、70代の高齢男性と暮らしていました。

しかし、飼い主が救急車で運ばれ緊急入院。そのまま余命宣告を受け、退院も出来ないように。

入院先の相談員から保護依頼がありましたが、その前に動物愛護センターに相談したものの、「連れてきたら殺処分しかない」と言われて困り果て、「殺処分はしたくないので」とDOG DUCAにたどり着いたとのことでした。

飼い主の方は生活保護を受けており、身元保証人の方が一週間おきに2回フードを置いてきたとのこと。

しかしそこから一週間が経過。

すぐに現地に向かってカギを開けたところ、普通はあるハズの鳴き声がありません・・・。

最悪の事態を想定して中に入ると、ムクリと顔を上げるリヴがいました。

しかし、長いことひとりでいたからか、声を発することもなく、寄ってくることもありませんでした。

目は真っ赤で、左の後ろ足を見ると、自分でかじったのでしょう、骨がむき出しの状態になってミイラ化していました。

結果的に足は切断することになりましたが、三本足でも散歩を楽しむことはできました。

しかし長いことひとりだったためか、(片方の耳の骨が折れて耳が反対に曲がっていたから)虐待があったためか、感情を表に出さないことが長く続きました。

それでも少しずつ心を開き、最期には皆に見守られながら虹の橋を渡って行きました。

飼い主が緊急入院した時点ですぐ対応していれば、もっと充実した余生を送れたと思うだけに、その点が悔しいところです。

飼い主が孤独死。その時残された犬は…

ヨークシャテリアのMIX、リラ(推定12歳)は60代の高齢者と暮らしていました。

飼い主の隣人が、2週間飼い主の顔を見ていないということで不安になり警察に相談。警察が家に入ると飼い主は死亡しており、死後2週間が経過していたとの鑑識結果が。

家は持ち家で、所有者は飼い主の母親になっていたが認知症で施設に入所していたため、所有権がまだ存在し、警察も何もできず、そのままリラは家に残されたままとなった

リラを救いたいと思った隣人が、動物愛護センターや保健センターに連絡しても、所有権を理由に手出しが出来ないと断られます。

すでにそこから10日も経っていて、今日は鳴き声すら聞こえないということで不安になってDOG DUCAに相談があり、こちらからもセンターに連絡してお願いしても動かず。

殺処分ゼロを達成したとしても、目の前に命の危機に瀕している大切な生命があるのに、ルールや法律を楯にして動かないのは、殺処分していた頃と何も変わりがないではないか・・・。

そこで保護犬の里親さんでもある知り合いの市会議員に動いてもらい、すぐに職員を派遣してくれることに。

リラは1ヶ月も電気もない暗い部屋の中でも、ひとりで懸命に生きてくれていました。

そこから、施設にいる親は認知症のため、身元引受人と行政書士に入ってもらい、権利を委任されて保護することができました。

リラは体はボロボロでしたが、幸い生命に関わる重度の疾患がなかったのが幸いでした。

子どもがいても…

健康な内はまだしも、動物が暮らしている家で体が不自由になってしまうことで、家の中がゴミ屋敷のようになっていることも少なくありません。

特に、身の回りのことを奥さんに任せていたであろう男性のひとり暮らしは、家の中がメチャクチャな状態になっていることが多いように感じます。

写真のマルチーズのミックス犬リープ(右)は、トイプーのミックス犬アムール(左端)と、猫5頭と暮らしていました。

飼い主の散歩仲間の地域猫ボランティアの方から、「飼い主が入院し余命宣告を受けており、家に犬と猫が取り残されている。前回入院時に猫が死んでいる」ということで、DUCAに保護依頼。

身元引受人の娘さんがいることがわかっていたものの、民生委員が連絡してもなかなか連絡がつかない。

いざ連絡がついても、所有権放棄の手続きをしないといけないということで3日かかって、委任状を取ってやっと保護ができました(猫はそのボランティアさんに引き取られました)。

親子関係がどうだったかはわかりませんが、家の中の状態を見る限り、良好な関係ではなかったのでしょう。

血縁がいても、このような置き去りは起こるのです。

救えたのは“誰か”がいたから

ここで保護できたケースは、みな助かった事例ですが、実際には助からなかったケースも充分あり得ます。

たまたま誰かが「なんとかしたい」と思ったから助かっただけで、そういう人がいなかったらと思うとゾッとします。

海外ではこういうとき、動物愛護センターに権限を持たせて保護できるしくみがある国もありますが、日本の行政はとにかく前例主義ですので、目の前の生命を救うことよりも、ルールや前例を守ることが優先されがちです。

そういう意味では、まだまだ、動物の幸せを真剣に考える「真の動物愛護」の精神が浸透していないんだなと感じます。

しかし、逆に言えば、誰かが気にかけていけば救える生命がある、という意味では、いかに普段から人と接しておくこと、犬と暮らしていることを伝えておくことが大切だということでもあります。

何が起こるかわからないからこそ、備えは万全にしておくべきです。